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小説家タカノカオルのフリー小説置き場。 どうぞご自由にご覧くださいませ♪ 一言だけでも感想いただけると泣いて喜びます。
フリー小説の邯鄲
クロップド・シンデレラ
2007-04-18-Wed  CATEGORY: 短編小説

 小さい頃は、お姫サマに憧れたこともありましたケドね。

***

 鳥が鳴いている。
 真っ白な光が、カーテンの隙間からあわく漏れている。
 深町陽花(はるか)は、朝に似つかわしくないような表情で、呆然としていた。口の端をぐいと下げて、顔はすっかり青ざめている。
 シーツの下の体は裸。隣にはやっぱり何も着ていない男の肌が見える。
(なにコレ―――!!)
 急に起き上がると、針で突かれたような痛みが頭に走った。
 何とかベッドのそこらへんに落ちている服をかき集め、よろめきながら着替える。男の顔を見る間もなく、逃げるように見知らぬ部屋から出た。
 今日が平日じゃなくてよかった。
 外に出ると、ドコモタワーが見える。駅に向かおうとして見つけた、近くにあったホテルのトイレに駆け込む。ちょっと髪の毛が乱れていたので、バッグからポーチを取り出した。
 昨日、何があったのか。
 この頭の痛みは、おそらく二日酔いだろうし。
 陽花は洗面台にもたれかかり、ピカピカ光る大理石の天井を仰いだ。

 昨日。
 落ちたペンを拾おうとして、ストッキングが伝線していることに気がついた。
 黒いストッキングだと、伝染が目立つからイヤだ。ストックがどこかにあったハズ。
 陽花は机の引き出しを開けた。お菓子と生理用品、メイク道具、スタイリング剤。他のものはスナオに見つかってくれるのに、ストッキングだけがいくら探っても見つからない。
「深町さん!?」
 総務部主任・木下玲良(れいら)がヒステリックに声を上げる。
 陽花は右足を隠すようにデスクのそばを歩いて、主任のデスクまで急ぐ。
「コレ、計算間違ってるじゃない」
 さっきExcelで作った書類をペラペラと仰がれる。怒られるようなことをしてる自分が悪いことはわかっているけれど、もうちょっとだけ声をひそめてほしい。社員の視線がイタイ。
「申し訳ございません」
「もう、申し訳ございませんじゃ話にならないのよ! 言えば済むってモンダイじゃないんだからね。単純ミスなんだから、防ぎようがあるでしょう。ちゃんと心がけないと」
 サッパリした女性なので、ヒステリックに叫んだりはするけれど、一度叱るとそれ以上は言わない。
 そそくさと席に戻り、しょげてしまったテンションを上げるため、すこし気分転換をとメールボックスを開く。新着メッセージの中に、高校時代の友達、松下歩(あゆみ)からメールがあった。

 お疲れ様。
 今晩、暇な時間ある?
 よかったら一緒にご飯どうかな。
 フリーな野郎もいるから、ぜひぜひ(*゜▽゜)ノ

 堂々と会社のメールをプライベートに使うあたり、ホントにおバカなコだ。
 苦笑しつつ、OKと返す。
 最近、自宅と会社の往復ばかりでちょっと悶々としていたから、ちょうどよかった。
 二週間前の日曜は、大学時代の友達の結婚式だった。新郎も新婦も、サークルでよく一緒に遊びに行っていた。ただ、新婦は知らない。新郎は、陽花が一年前に振った元カレだった。気づかない新婦はうれしそうに、陽花にブーケを渡してくれた。シアワセ絶頂の彼女の笑顔。新郎は気まずそうに陽花から目をそらすのだった。
 彼は、よっぽど結婚願望があったのだと思う。
 一年前、彼からプロポーズを受けた。まだ仕事も全然できないし、貯金もないのに結婚なんてできないと言ったら、別れようと言われて、コレだ。
 結婚なんて羨ましくないはずなのだけれど(まだ24歳、遊びざかりだよ??)。
 あれから彼氏なんてできやしない(出会いもないし、出会う場所自体ないし)。
(あーあ、なんか憂鬱)
 小さくため息をついた。

 新宿の個室で、歩と陽花、そして歩が狙っていると思われる男A(名前はすでに忘却の彼方)、それからおそらく陽花が多大な迷惑をかけた男Bと飲んだ。久々に羽目をはずして飲んだから、芋焼酎がイヤに美味しく感じた。
「高校の時、どんなだったの?」
 男Bが聞いた。浮かれた様子で歩が言う。
「頭よかったんだよー。陽花」
 高校の頃のことなんて、今や思い出したくもない。あの頃、成績がかなりよかったので浮かれ絶頂だった。
「じゃ、仕事できるんじゃない?」
「今は落ちこぼれ。ゼンゼン会社の役に立ってないし」
「いいじゃん、女だし」
 男Aの言葉がいちいち気に入らず、陽花はビールのジョッキを音を立ててテーブルに置いた。
「女とかそういうのでくくらないで。そういうのはイヤなの」
 男Aは明らかに引いたようだった。嫌悪に満ちた目で、陽花を見る。
「うっわ熱血ー」
 もう一言余計なことを言ったら、ゼッタイに殴ると思った瞬間、からからと脳天気な笑い声が聞こえた。
「いいじゃない、熱血。俺、甲子園球児だったから、そういうのスキだよ」
 にっこりと笑って、男Bは言った。
 女を堕とすための言葉かなと思ったんだけど、なんとなくそんなふうにも見えなくて、好感がもてた。
「そっかなぁー。俺、仕事ばっかの女って引いちゃうんだよね」
「お互い様ね」
 陽花は極上の微笑みを返した。
 仕事ばっかじゃない、と言い返したいけれど、言い返せない自分が悔しかった。ご飯だって仕事で疲れてしまって作るのが面倒で、コンビニですませてしまうし。恋愛なんてしばらくご無沙汰してるし。仕事だって、全然役に立っていないし。
 鬱々としてきたから、それからはヤケになったように飲み続けた。結局最後はへろへろになってしまい、男Bに連れられて彼の家に行った。おぼろげながら、自分から男にキスをしたことを思い出した。キスしてみたら、とろけちゃいそうなくらい気持ちよくて。
(―――って!)
 名前も知らない男とセックスするなんて、ありえない。
 こんなこと、今までなかったのに。
 何、今更大学デビューした大学生みたいなことやってんだか。
 鏡の中の自分の顔が真っ赤になっている。自分事ながら、恥ずかしくてうつむいた。ありがたいことに、彼は同じ会社でもないしおそらくもう二度と会うこともないだろうし。
 犬にかまれたと思って忘れよう。
 心中、複雑なものが吹き荒れているけれど、とりあえず見ないふりを決め込むことにした。

 土曜日はいつも夕方、ジムで汗を流す。シャワーを浴びて、タオルで髪を拭いていると、同期の田中郁から携帯に電話がかかってきた。郁はラグジュエルやアプワイザー・リッシェなんかのAneCanブランド愛好者で、やっぱりヘアスタイルもロングヘアの巻き髪だ。細身でもともとカワイイ顔立ちのコなので、同性としてはあまりお近づきになりたくないタイプだったりする。
 どこかへ飲みに行こうと言うので、行きつけのバーを指定して待ち合わせた。
 池袋にある半地下の店。薄暗い店内ではF1の映像が流れている。
「いらっしゃい」
 マスターが声をかけてくれた。マスターは人なつこい人で、ギター好きな30代後半の男性だ。カウンターに座って、ジントニックとフライ&チップスを頼む。
「これ、アロンソ途中で棄権しちゃったヤツでしょー」
「そうなんだよね。惜しかったよね、あと少しで抜かせそうだったのに」
 ちょうど、アロンソのマシンが故障でピットインしようとしている。
「あーあ~」
 いかにも無念な声を出してため息をはくと、隣に男が座った。顔を上げると、男は笑いかけてきた。
「F1好きなの? 陽花」
 どこかで見た顔。
 記憶をたぐり寄せて、ほどいていく。
 男は怪訝な表情をして、口元を手で覆った。
「まさか、覚えてない……? とか?」
 その困ったような表情に、見覚えがある。キスをして体を離した後の。
「あ……!」
「今朝は急にいなくなるから、びっくりした」
「あの、ゴメンなさい!」
「俺の名前、覚えてないでしょ」
 こっちから仕掛けておいて、名前まで覚えていないっていうのはかなり情けない。どう返していいのか思案してうつむいていると、爽やかな声で彼は言った。
「俺、和泉直人っていうの」
 その時、郁が店内に入ってきた。今日は白いシフォンスカートにうすいピンクのスプリングコートを羽織っている。
「遅れちゃってゴメンね、陽花」
 郁は直人を見て、一瞬驚いたような顔をした。直人もまた、郁を見つめていた。その雰囲気は、おそらく昔何かあったんだろうなと想像させるに十分だった。
「……知り合い?」
 平静を装って、陽花は尋ねる。
「うん」
 そのあと、直人は用があると言って外へ出て行ってしまった。
 二人きりになって、郁を見やると、彼女は泣きそうな表情でうつむいていた。
「あのヒト、わたしの元カレなの。去年、振られちゃって……まだスキなんだけどね」
 郁は言った。
(カミサマ……! どうしてこんなややこしいことに)
 小さい頃、確かにお姫サマのハナシ、たとえば「シンデレラ」とか「ローマの休日」とか憧れていた。あんなにうまく現実転ぶものではないって実感してるのは、実はようやくこの年になってからだったりする。
 自分の生活費を自分で稼ぐようになって、まわりのコたちが結婚やら何やら手をつくして『イイ』男の争奪戦をしている中、魔法使いのおばあさんもいるワケはないし、自分が特別なステイタスを持ってるワケでもないし。だから、自分で頑張って手に入れなくちゃねって、そう思う。
 しばらく郁のグチに付き合って、深夜12時を回るころ、携帯がポケットの中で揺れた。
「ゴメン、電話……」
「いいよ、どうぞ」
 知らない番号からの電話。
「はい」
『あ、陽花? まだ飲んでる…かな』
 やさしい口調。直人だった。携帯から漏れた声でわかったようで、隣に座っている郁の顔色が変わっていく。
「……いいよ、行ってくれば?」
「ゴメン、あとでかけ直す。ちょっと待って! 郁!」
 郁は陽花のほうを振り返らず、そのまま帰ってしまった。
「って。チェックはあたしなのかな、コレ……?」
 マスターが苦い表情で頷いた。
 なんだか、追いかける気にもならない。
「マスター、女が頑張るって、どう思う?」
「いいじゃないですか。カッコよくて」
「なんかね、頑張れば頑張るほどへこむことが多いのよ。気のせい?」
「気のせいじゃないですよ。落ち込まないってことは、何もしてないっていうのと同じなんですから。誇らしく思えばいいじゃないですか。傷だらけのほうがカッコいいですよ」
 TVでは、アロンソのインタビューが流れている。
 確かに、カッコよかった。
 急に、頭を誰かに小突かれた。
「いた!」
 弾かれたように上を見る。
「また泣いてる」
 直人がいた。
「何でここにいるの?」
「何かあったんだろうなと思って。彼女に何か言われたんでしょ?」
 こんなに都合のいいハナシ、あるわけがない。
 だって、たった一晩で。
「あの、どうしてこんなに構ってくれるの?」
 お手軽な女だと思われたんだとしたら、イヤだな。
 もしそう思われているんだったら、かなりショックだけど。
「ほんとは、さびしいんだって言ってたのは陽花でしょう」
「……え?」
「泣いてたから、俺はかわいいなと思ったんだよ」
「……しらない、そんなの」
「いいよ。俺、覚えてるから」
 そう言って、彼は陽花にキスをした。
 マスターは見ないフリをして、後ろを向いてグラスの整理をはじめた。
 憂鬱な気持ちも、報われなかった気持ちも、全部すくい上げられたようで。
 陽花は、なんだか泣いてしまいそうになった。






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