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小説家タカノカオルのフリー小説置き場。 どうぞご自由にご覧くださいませ♪ 一言だけでも感想いただけると泣いて喜びます。
フリー小説の邯鄲
蝶を狩る 第4回
2007-06-07-Thu  CATEGORY: 【連載中】蝶を狩る
第4話 誰かの物語《ハナシ》-PartB-

 五月雨の季節には、お気に入りの若紫の蛇の目傘を使う。
 傘の下で、天から落ちてくる水の珠を覗き見るのは、すごくキモチイイ。
青々とした緑がぼんやり、夜の明かりにけぶっている。木々が雨を浴びて大きく伸びをしている姿を見るのも、たまらなく背筋がぞくりとする。

 駅に近づくにつれて、行き交う人々も増えていく。
 ちらりと横を見やれば、隣を歩いている背広姿の男は黄色の蝶。同じ高校の制服を着ている少女は萌葱色の蝶。
 羽の模様や色形が少しずつ違うのだけど、揚羽蝶に一番よく似ている。
 模様や色だけが確実に違うみたい。

 携帯で理名に電話してみたけど、出てくれなかった。今頃、彼女は楽しくアニメを見てる時間だろうし。そんなときは電話なんぞ出てくれやしないんだもん(しかも今日は彼女の大好きなケロロの日)。

 人通りの少ない、公園の前を通りかかった。
 消えかかっている蛍光灯。

 軋む。

 ギリギリとした圧迫感。
 耳が痛くて、思わず耳に手を当ててふさぐ。

 痛みに、指に力が入る。
 食い込んだ爪のギリギリとした感触に、ようやく自分を保てる。

 蝶があたしの顔の前で飛ぶ。
 まるで守ろうとしてくれてるみたい。
(華奢なくせに、アンタじゃあたしを護れないよ)

 にゅるり。

 木々の影から、白い手が出てきた。血管が青く浮きだっている。
 爪には固化した血の黒と泥が食い込んで、髪の毛が数本、指にもつれていた。

 声が上げられず、ただ呆然とそれを見つめる。
 傘が足元に落ちた。水がはねる。
 手が伸び、首筋をとらえる。

 指に入った力は、強いなんて感じる暇もなくただ熱かった。ふれられているところが火傷しているようで、骨がきしむ音が聞こえるような気がした。咳き込んでいつのまにか涙が出る。雨が顔にぶつかるように落ちてくる。いっそう強くなる雨は、まるであたしを敵視しているみたいだ。

 その時。

 蝶が銀色の光を撒いた。

 目が眩むような光になって輝く。思わず、強く目を瞑った。

 気を失いそうになった瞬間、鈴が鳴るような笑い声が聞こえた。子供の声。

 ―――私の名前を、忘れているようだね

 耳ではない。頭に、直接響いてくる音ではない振動。
 気が狂いそう。頭がズキズキする。

 ―――近いうちに、私の『手』がお前に呪いの印をつけるだろうよ

(誰か……!)
「美遊!」
 武流の声がした。

 パン!
 
 小気味いい音がした。鎖が弾けたような、さばさばとした音。
 途端に体から圧迫感がなくなった。ゆっくりと目を見開くと、手はなくなっていた。あたしはようやく、自分が武流の腕の中にいることに気がついた。
「ちょ!」
 武流を突き飛ばすと、思った以上に飛んだ。
「あちゃ」
 蝶がやさしくあたしの手の甲にとまる。
 冷汗が首筋を伝って、鎖骨のあたりにまで流れていた。
 バッグから手鏡を取り出し、ハンカチで汗をぬぐおうとして、気がついた。

 首が真っ赤に腫れ上がっていた。

 背筋がぞくりとした。
 あれは夢じゃないし幻覚でもない。
 本当に、殺されかけた。


「なんで」
 声を出すと、喉が痛い。
「あ、うん。茉莉に聞いたんだ。家を飛び出したから捕まえてって」
「違う、そうじゃない」

 なんで、あたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの。

 今更自分の手足が震えているのに気がついて、我慢ならなくなった。

「あたしに構わないでよ!」
 何を勘違いしたのか、頭をかきながら武流は言った。
「いや、でも、一応イイナズケだし」

 空気を切り裂くような振動が響く。

 いつのまにか彼の頬をぶっていた。

 きょとんとした表情で、ゆっくりとぶたれた頬に手を当てる。叩かれた頬が赤く染まっていく。
「痛い」

 ぽつりと、怒るでも叫ぶでもなく武流は呟く。

「そりゃそうでしょうね。っつーか、あたしスキなヒトいるし。大体、なんでそんなに受け入れ態勢いいのよ」
 叫んでから喉が痛くて、ゴッホゴホと咳き込んだ。あたしの背中をさすりながら、武流は呟くように言った。
「いや、だって。オレ、記憶あるもん」
 思わず、振り返って背中をさすり続ける武流を見た。
「……え」
「だから、桓武の記憶。オレ、持ってるんだわ」
「妄想」
「じゃなくってww」
 言葉もない。

 どう返せと。

 なんと言っていいのか分からず、もうなんかよくわかんないけど泣きそうになった。

「もう……ちょっと一人にして!」
 思い切り駆け出した。
「おい! だから危ないんだって」
 彼はあたしを追ってきた。

(絶対に撒いてやる)

 雨の中ぼやけた視界の中で、誰かの肩とぶつかって顔を上げた。
 クラスメートの雪水結花が目を大きく見開いて、あたしを見つめていた。
「美遊ちゃん、どうしたの」
 結花の目があたしの首もとに止まって、眉をひそめた。
「その首、何!? 真っ赤じゃない」
「結花、かくまって!」
「……え?」
 雨はやまない。
 やむ、気配もない。


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虚言日置〈キョゲンヘキ〉Act.1
2007-06-04-Mon  CATEGORY: 【連載中】虚言日置〈キョゲンヘキ〉
Act.1 「友達〈知り合いだから〉」

 どしゃぶりの雨。
 耳に痛いくらい、雨粒がアスファルトを叩きつけてる。

 ちょっとだけ途方にくれちゃう。

 社会人サークルの飲み会の帰り道。
 深夜12時を回った、新宿。
 クローズ後の紀伊国屋書店で雨宿り。
 これじゃ歩きづらいことこの上ないけど、でも終電を逃したくないし。
 あ、でも濡れたまんまで電車に乗るってどうよ。
 タクる? タクるのもイヤ……
 今月タダでさえキツイのに。

「あれ、観月サン?」

 涙目になってると、飲み会で一緒だった男性が通りかかった。
 彼とは話したこともないし、あまり知らないけれど、気のいい人なんだろうなとは周りの人の話から思う。
 
 そんな程度の。

「一緒に入ってく?」
「え、ほんと?」

 大きなビニール傘に、あたしは入れてもらった。
 話題を探しながらふと見ると、彼の肩はすこし濡れていた。
 あたしはしっかり傘の中に入れてもらってる。

「肩、濡れてるよ」

 今気がついたというように、目をぱちくりとさせてから、彼は笑った。

「いいよ、別に」

 その笑顔がなんだかとてもかわいかったので、あたしも笑い返した。



 彼の名前は松浦茂。
 あたしより一つ年下で、そして。

 このとき、こんなことがなければきっと知っている人くらいのポジションでいられたと思う。
 そうであればよかったと、今でも心から思う。
 
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