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小説家タカノカオルのフリー小説置き場。 どうぞご自由にご覧くださいませ♪ 一言だけでも感想いただけると泣いて喜びます。
フリー小説の邯鄲
蝶を狩る 第1回
2007-04-25-Wed  CATEGORY: 【連載中】蝶を狩る
第1回 たとえばありふれた、空の青い日。-PartA-



 いつのまにか、バスルームに黒い蝶がいた。
 ―――いや、本当にそれは蝶なのだろうか。
 普通の蝶が持っている、光沢ある絹のような羽ではない。繊細な薄い硝子で作られたような透明感。触覚もない。羽を動かすたび、鬱金色の鱗粉のようにも見える燐光が、窓からこぼれる真っ白な光に溶けていく。
 それは、まぎれもなく善きもの、神に祝福された聖なるもの。
 耳をくすぐる微かな羽音に、少女はその黒真珠のような瞳を潤ませ、バスタブの中で跪く。
 肩まで伸びた茶色のウェーブがかった髪は、水に濡れた部分だけ濃くまっすぐ伸びている。まだ胸のふくらみもない少女は、目を潤ませて満面の笑みを浮かべた。無邪気に手を伸ばし、蝶にふれる。ほんのりとあたたかい。ちょうど人肌ぐらいの温度。指先からゆったりと広がる蝶のおだやかな感情に、カラダが震える。くすぐったくて、鈴が鳴るように笑った。
朝の光は少女をやさしく包み込み、静寂がバスタブに張られた水に波紋を投げる。

 (彼女は知らない。だけどあたしは知ってる。逃げなければ『狩られてしまう』)

 そのとき、少女の耳には確かに聞こえた。水滴と羽音に混じって、混沌を含む怪音。
 バスタブの中で立ち上がり、ドアの向こうをその大きな黒水晶の瞳で見つめる。
 弧を描き、赤い血がドアの磨りガラスに飛散する。
 刹那、心臓が止まった。凍り付いたように動けず、少女は目を見開いたまま直立している。
 ドアが、ゆっくりと、開いた。
 隙間から覗く目だけが光を帯びていた。
 黒目は灰色に染まり、白目は血走って暗緑色がかっている。開きっぱなしの口は、口角が異常に上がって笑っているように見える。
 尋常な者ではない、と少女はようやく理解した。
 骨と皮だけになった痩せぎすの男は、ぎょろりと少女を睨みつける。


   ***


 目を見開くと同時に、大きく息を吸い込んだ。
 朝の光が、やわらかく肌にふれている。
 心臓が唸るように強く脈打って、血管が痛い。
 いつのまにか下敷きになってた、ちりめん生地のクマのぬいぐるみを引っ張り出す。
 午前5時。夜が太陽のためにふわふわのベッドを作り出す時間。
 時々見る夢。目が覚めてから思い出そうとすると、テレビの砂嵐みたいにノイズが混じって、よくわからなくなってしまう。
 あたし、葛城美遊(かつらぎみゆう)。16歳、私立平安学園高等部普通科2年生。145センチ、43キロのちょっと小柄なタイプ。趣味は帯留集め☆ 小さい頃から着物とか「和」モノがダイスキ。
 浴衣の襟を正して、胸まで伸びた茶色いクセっ毛に軽く櫛を入れる。
 キッチンへ行くと、ダイニングルームにはすでに彼がいた。
 眼鏡をかけ、黒いスレンダーなスーツに身を包み、新聞を読んでいる。短く切られた前髪はワックスでクをつけて、髭はしっかり処理済み。イヤミなくらい、朝からカンペキな男。
 だけど、出社前のこの時間だけ、ネクタイを少しゆるめて、シャツの一番上のボタンを開けている。白くてキレイな首筋が見えて、ちょっとドキドキする。
「おはよ、執事(バトラー)」
 執事は切れ長の目を上げて、背筋を伸ばす。
「おはようございます」
 執事は今年36歳。あたしとは20歳差なんだけど。
 あたし、彼に恋してます♪
 ホントは執事じゃないんだよ。あたしが勝手に呼んでるだけ(だって、執事っポイんだもんw 執事、かなり萌えw)。宮本麻尋っていう親戚なんだ。あたしとおねーちゃんが女だけで東京に住むのは危ないっていうので、東京に住んでた彼と同居することになったんだって。
 両親は、交通事故で亡くなったんだって。その頃まだ6歳で、ほとんどその頃のことを覚えてないけど。

 午前5時30分。朝食を執事と一緒に食べる。
 きつね色に焼いたパン、昨日煮詰めたマーマレードジャム、バターで炒めたスクランブルエッグ、カリカリのベーコン。そして、ちょっと苦めの珈琲。
「お味はいかが?」
 パンをかじる執事に尋ねてみる。
「さて」
 執事は切れ長の目であたしを見上げると、唇を片端だけ持ち上げる。
 こんなふうに、意地悪く微笑むのが彼の日課。ちょっとヤなカンジ。でも、こんなところがスキだったりするんだけど。

 午前6時。執事の出社を見送ってから二度寝。
 目を閉じて。もう一度、開けてみた。急に空が明るくなったような気がする。
 目覚ましの針が指しているのは、午前8時。
「―――ッて!」
 飛び起きるとシーツをはね除け、浴衣を脱ぎ捨てるとセーラー服に袖を通した。胸元の赤いリボンを器用に結び、長くふわふわした栗色の髪の毛を、ドレッサーの前で素早く二つにしばって上の方でくくる。
「ちょっと! おねーちゃん、なんで起こしてくれないのーっ」
「あら、起きたのね」
 ドアの外からおねーちゃんののんびりとした声が聞こえた。苛立ちにまかせて部屋のドアを思い切り開ける。
 葛城茉莉(まつり)、28歳。独身(そういえば彼氏がいるって話、聞いたことないなぁ)。切り揃えられた前髪、背中まである後ろ髪は1つに束ねて上の方でくくっている。あたしより背がゼンゼン高いから、見上げなくちゃいけないのが癪。ゆったりと着物を着崩し、微笑を浮かべている。
「7時半には起こしてって言ったよねッ?」
「あら。だって、起きてくれなかったんですもの」
 よく見ると、おねーちゃんが着ているのはお気に入りの大島紬だった。
「あああーっ! なんっであたしの大島紬着てるの!」
「とりあえず、早く着替えたほうがいいんじゃないかしら」
 まだスカートをはいていなかったことに気がついて、ぎゃああと叫び声を上げた。ドアを閉めると、廊下からウフフとか笑う声が聞こえてちょっとムカついた。濃紺のプリーツスカートをはいて、ピンクのグロスだけ塗って出る。
「もう行かなくてもいいかなー。文化祭」
 おねーちゃんが入れてくれた、本日2杯目の珈琲を飲む。半分ウトウトして、マグカップに頭をぶつけそうになった。
「何言ってるの。―――あら。大変、こんな時間。準備は大丈夫かしら?」
「ハイ。今日もヨロシクです」
 おねーちゃんの愛車は、バーベラ・レッドのBMW。おねーちゃんは着物にバレエシューズという出で立ちで運転席に乗り込んだ。超高価な着物の衣擦れの音が気になりつつも、助手席に座ってシートベルトを締める。車は学校へ向け、勢いよく滑り出した。
 新緑はゆるゆると光をとかして、萌葱色にそまっていく。窓を開けると、風の色は清々しいほど碧い。一年の中でも、この時期は格別にスキ。
 国道15号線は、海が真っ二つに割れたみたいにビルに囲まれている。
 東京タワーも、建設中のビルも、会社へ急いでる人たちも、平凡でおだやか。こんなに空が青いんだし、ピクニックにでも行けたら楽しいだろうな。



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